驟雨前

長月(ながつき)の鎮守(ちんじゆ)の祭(まつり)
からうじてどよもしながら、
雨(あめ)もよひ、夜(よ)もふけゆけば、
蒸しなやむ濃(こ)き雲のあし
をりをりに赤(あか)くただれて、
月あかり、稲妻(いなづま)すなる。

このあたり、だらだらの坂(さか)、
赤楊(はん)高き小学校の
柵(さく)尽きて、下(した)は黍畑(きびばた)
こほろぎぞ闇に鳴くなる。
いづこぞや女声(をみなごゑ)して
重たげに雨戸(あまど)繰(く)る音(おと)。

わかれ路(みち)、辻(つじ)の濃霧(こぎり)は
馬やどののこるあかりに
幻燈(げんとう)のぼかしのごとも
蒸し青(あを)み、破(や)れし土馬車(つちばしや)
ふたつみつ泥(どろ)にまみれて
ひそやかに影を落(おと)しぬ。
泥濘(ぬかるみ)の物の汗(あせ)ばみ
生(なま)ぬるく、重き空気(くうき)に
新しき木犀(もくせい)まじり、
馬槽(うまぶね)の臭気(くさみ)ふけつつ、
懶(もの)うげのさやぎはたはた
暑(あつ)き夜(よ)のなやみを刻(きざ)む。

足音(あしおと)す、生血(なまち)の滴(した)り
しとしととまへを人かげ、
おちうどか、ほたや、六部(ろくぶ)か、
背(せ)に高き龕(みづし)をになひ、
青き火の消えゆくごとく
呻(うめ)きつつ闇にまぎれぬ。

生騒(なまさや)ぎ野をひとわたり。
とある枝(え)に蝉は寝(ね)おびれ、
ぢと嘆(なげ)き、鳴きも落つれば
洞(ほら)円(まろ)き橋台(はしだい)のをち、
はつかにも断(き)れし雲間(くもま)に
月黄(き)ばみ、病める笑(わら)ひす。

夜(よ)の汽車の重きとどろき。
凄まじき驟雨(しゆうう)のまへを、
黒烟(くろけぶり)深(ふか)き峡(はざま)は
一面(いちめん)に血潮ながれて、
いま赤く人轢(し)くけしき。
稲妻す。――嗚呼夜(よ)は一時(いちじ)。
三十九年九月


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